太陽が本気を出してきた
初夏を感じる日だった

いつもと変わらない日常
いつまでも変わらない友人たちと
いつもと同じ 仕事終わりの新宿で飲む

「お前は相変わらずだよな!」
「だから結婚できねぇんだよ!」
「はははっ!」
いつもと同じ展開で爆笑する
きっとこれがこの先もずっと続くのだろう…
一服しながら そんな幸福感を抱く
そしてちょっと 寂しさを覚える

周囲の環境が自分を形成する
世の中には様々な人がいて
その分 様々な環境がある
自分の環境はそれまで育ってきた環境であり
進学や就職 転職の機会を除いて大きく変化することは少ない

日々の日常に物足りなさを感じる
そんな環境から抜け出そうとしてみる
本を手に こんな人もいるんだ…
自分の環境とは無縁の考え方に出会う
やはりどこか他人事だ

今までにやったことないことをしてみるか
とはいえ 新しい趣味を始めるようなエネルギーはない
もっと気軽に新しい体験を求めたい

「シーシャ」
誰かのツイートを思い出した
シーシャってなんだろう
とりあえず ググってみる

中東が発祥の水たばこ
その地ではメジャーな嗜好品として
日常的に嗜まれているらしい

水道橋 いわしくらぶ
旅するけむりの図書館

シーシャを吸いながら本が読めるってことか
新しい何かが見つかるかもしれない
総武線だし とりあえず行ってみようか

暑さが本番を迎える休日
太陽から逃れたくて
日が傾くのを待ってから家を出る

東京ドームでイベントでもあるのか
楽しそうな群衆を横目に 店に向かう

「こんにちは。」

やっと見つけた入り口からお店に入るやいなや
メガネをかけた小柄な男が出迎えてくれた

明るめの店内に広々としたソファと本棚が並ぶ

「好きなところに座っちゃってください。」

アイスコーヒーを注文し
シーシャのことは店員さんに任せた
フルーティでスッキリとしたフレーバーに
してくれるとのこと

蒸し暑い日のアイスコーヒーは格別だ
一口含みながら辺りを見渡す

旅行、カルチャー、ビジネス、
雑誌、小説、漫画まである
1000冊くらいはありそうだ
いろいろあるんだな

ぶらぶらと本棚を眺めていると
気になっていた一冊が目に入った
なんとなく手にとって席に戻る

「お待たせしましたー。」

シーシャが運ばれてきた
初めてのシーシャに少しわくわくする
メロンとミントのフレーバー
ミックスして作ってくれたみたいだ

一息吸ってみると
甘いメロンの中にさっぱりとしたミントが切り込み
なんとも言えない美味しさを感じる

シーシャを吸いながらその本に目を落とす

「この本、私も好きなんです。」

好奇な眼差しでこちらを見ているのは
近くに座っていた女性だった
年齢は自分より少し下くらいだろうか
こんな人も一人でお店に来ているようだ

戸惑ったが この本は気に入っていた
意気投合し 自然と会話が弾む

「私、仕事辞めてみたんです。」

突然のカミングアウトに衝撃を受けながらも
好奇心を駆り立てられた

彼女には夢があり
社会で消耗するだけの生活に疲れてしまったらしい
悩んでいる中 見つけ出した答えだそうだ

それにしても勇気あるな
自分の環境と比べてみても
そんなことはできない

自分とは関係しなかった環境を垣間見た

彼女は頻繁にシーシャを吸いに行くらしい
今日が初めてだと伝えると色々と教えてくれた
都内にいくつかあるシーシャ屋さんを案内してくれると

思いがけない展開に
少し心が躍った
新しい冒険に行くみたいだ

気付けば日も落ちきっていて
夜も更けそうになっていた
そろそろ帰る時間かな

「ありがとうございました。」
「また、お願いします。」

夏の夜風に秋を感じた
季節は絶えず変わろうとしている